ヘリクツ

ただの屁理屈です。

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世の中にスポーツが必要な理由

世の中にはスポーツが必要だ。理由は1つ。スポーツは人間社会の発展のために必要なものだから。順を追って説明する。

  1. 人類は協力する社会的動物

  2. 現代でも戦いは存在する
  3. 人間同士の戦い
  4. 観客の脳は選手に共感する

人類は協力する社会的動物

人類は、協力して戦わなければ生きていけなかった。

ホモサピエンスは、哺乳類の中でも体格的に貧弱な種だ。だから昔から、ライオンやマンモスなどの外敵から身を守らなくてはいけなかった。そこで人間は脳を発展させ、道具と分業という護身術を編み出した。

この分業こそが、「協力」という人間独特の行為の起源であり、今の人類が抱く感情の多くに紐付いている。だから人間は他の動物とは違い、他人に共感して、社会を大事にする。(こと日本においては、自然災害が多かったり、鎖国時代が長かったため、協力することが文化的にとても重要になったのかも)

現代でも戦いは存在する

マンモスもライオンも襲ってくる心配がなくなった現代においては、一見、協力はもう必要ないように見える。でもどうだろう?みんなが協力をやめたら、農家は自分の分しか生産しなくなり、スーパーに食材は並ばなくなる。強盗が入っても誰も助けてくれないし、病気になっても診てもらえない。人間は今も協力して生きているのだ。

敵だって未だに存在している。昔はライオンやマンモスだった外敵が、今はウイルスや環境問題に置き換わった。思想の対立から、人間同士で戦っている地域も未だにある。本質は何も変わっていないのだ。

現代の外敵の多くは、人間が自ら生み出してしまったものだ。環境汚染問題やエネルギー問題など、社会が便利になることのトレードオフで生まれてしまった問題を解決するために、多くの人がテクノロジーを駆使して日夜奮闘している。

人間同士の戦い

人間社会の発展に伴うトレードオフで生まれてしまった問題と戦っている人たちがいる一方で、人間を相手に戦っている人たちも存在する。戦争やスポーツが、その代表例かもしれない。

戦争は、皮肉にも様々な分野の技術発展に貢献する。例えば、ナチスドイツの暗号を解読するために発明されたのが、その後の人間社会を大きく発展させる、デジタルコンピュータだ。 

 

スポーツも同じで、それがこの記事で伝えたいことの本質だ。

スポーツが発展すると同時に、科学技術やテクノロジーも発展する。現代のサッカーは10年前とは比べ物にならないくらい速くてパワフルだ。それを支えるアナリストやメディカルチームが行ってきた研究は、スポーツ以外で使用されるテクノロジーや医療でも応用されているだろう。

試合開催のためのチケット販売フローの発展や、スタジアムの建設技術、周りのインフラの発展が社会にもたらす効果については、誰もが実感しているはずだ。

観客の脳は選手に共感する

でも、選手たちが一生懸命戦って、相手を倒すことを考えているだけでは、スポーツの発展は望めない。観客は絶対に必要だ。

じゃあ、どうして人間はスポーツを観るのか。まさか、インフラの発展を願ってスタジアムに足を運ぶ人などいない。シンプルに、楽しいから観るのだ。

なぜ楽しいと思うか。それは、最初に説明した、人間の社会的動物としての機能が関わっている。

人間を含む霊長類の脳には、ミラーニューロンと呼ばれる神経細胞がある。これは、何かをしている人を見たとき、あたかも自分が同じ行動をしているかのように感じる細胞だ。

例えば、笑っている人を見ると笑ってしまう。美味しそうなものを食べている人を見るとよだれが出てくる。あくびが移る。

人間のミラーニューロンは、他の霊長類と比べても発達しているという。これこそ、人間が共感を大事にする、社会的動物であるという証拠なのだろう。

だからスポーツを観ているときにも、サッカー選手がゴールを決めたことを一緒に喜び、マラソン選手が苦しいときに苦しさを感じるのだ。

まとめ

つまり、人間は選手と一緒にプレーをして、一緒に戦っている。一緒に戦うことは、人間が昔から行ってきた協力という行為であり、それが技術発展に繋がり、人間社会をよりよい場所にしているのだ。だから俺は今日もスポーツを通して見えない外敵と戦う。